
子どもをあらわすということ
出版社: 北大路書房
- 日々の保育を記述し、写真を撮る……。そこから何があらわれてくるのか。「子どもをあらわす」ということの意味を探る。
- なぜ、子どもをあらわさずにはいられないのか――子どもに耳を傾け,記述し,写真に撮るなど,共に過ごした記録として,さまざまな方法であらわそうと試みる。そこには何が「あらわれる」のだろうか。何のために「あらわす」のだろうか。保育という営みのなかで,「子どもをあらわす」ということの意味を探る。
- はしがき
序 章 「子どもをあらわす」ことの意味とその方法を考える……汐見稔幸
1 「内面を見える化=外化する」という行為
2 言葉というメディアの可能性と限界
3 言葉によるあらわしの際の配慮
4 写真などによるあらわしの意義と配慮
第1章 記述することから見えてくる……青山 誠
1 子どもをあらわすということ
2 保育者と「教育」のずれ
3 保育の記述における副詞について
4 保育者に場が見えてくること、及び身体の錬成
5 聴き入る、あふれ出る
6 倉橋惣三、津守眞による保育の記述の可能性
7 保育の記述におけるPOV
8 限定的なPOVのなかで優れた保育の記述とはどのようなものをいうのか
9 事象、出来事のポリフォニー
10 もし私たちがカルデロン・デ・ラ・バルカのように書いたら
11 言葉以前の世界を言葉であらわす
第2章 「子ども」をあらわすことと「私」をあらわすこと——保育における観察と記録の一論点について……川田 学
1 理解と伝達
2 二つの観察的態度
3 津守眞の「観察」観
4 観察者にとっての「意味」や「価値」——記述論の契機
5 授業実践から
6 「私」のパースペクティブ性
7 発達の見かた、発達のあらわしかた
8 「子ども理解」を超えて
第2章 乳児から見た世界をあらわす……溝口義朗
1 あらわすということへの屁理屈
2 「わたし」がいるということ
3 切り分けること——乳児から見た世界をあらわす
4 「わたし」ができる
5 りんちゃんの「なつかしい」——記憶とわたし
6 子どもたちの時間
第4章 感覚が湧き出ちゃうし、収まっちゃうときの主体性——保育者と語る中動態と主体性……久保健太
1 中動態と主体性
2 ①奥行き、②センス・オブ・ワンダー、③センス、④試行錯誤のグルグルスパイラル
3 湧き出ちゃうし、収まっちゃう主体性
4 するか、しないかを選ぶときの主体性
5 「湧き出ちゃう」と「する(しない)」とが絡まり合うような主体性を生きる
第5章 子どもを撮るということ……宮武大和
1 何のために撮るのか
2 私と保育と写真
3 写真にまつわる主観と客観
4 子どもを大人に伝える
5 子どもの権利を代弁する
第6章 ドキュメンテーションにおける写真とは何か——子どもをあらわす、子どもがあらわす、子どもとあらわす……浅井幸子
1 ドキュメンテーションにおける写真
2 子どもをあらわす——記録への写真の導入
3 子どもがあらわす——写真を撮る子ども
4 子どものドキュメンテーションへの参加
5 子どもとあらわす
第7章 子どもの声が聴こえてくるとき……佐藤寛子
1 巣立ちの日
2 手をつないで探す
3 入れ替わる
4 子どもの声が聴こえてくるとき
5 子どもたちとのこれから
第8章 「声」からはじまる保育——あらわれる子どもと私の関係のなかで……松井剛太
1 おもてに出てこない〈この〉性
2 子どもの「声」を意識する
3 子どもの声が心に残る
4 子どもの声を聴く保育者の構え
5 聴く保育者-聴きとられる子ども
6 子どもの声が「聴こえてくる」感覚と共鳴体験
7 共鳴体験はいかにして起こるのか
8 子どもの声と対話
9 「私」の葛藤をあらわす
終 章 「子どもをあらわす」ことでみえてくること……三谷大紀
1 「子どもをあらわす」ことを考える
2 「子どもをあらわす」ことと「省察」
3 「子どもをあらわす」ことにみる「物語」と「評価」
4 「子どもをあらわす」ことでみえてくること
あとがき