
文化と戦争
出版社: 新曜社
- 外交・戦争において、なぜアメリカは「外国の歴史・文化に対する無知・無関心」という失敗をくり返すのか。現在にまで続くこの病理を、アメリカ国民文化やその起源であるヨーロッパ文明という二つの視座から考究する。
・国際政治学の枠をこえ、歴史学や社会学、人類学、経済学、心理学、哲学、異文化コミュニケーション論などにもとづいた、分野横断的な意欲作。
・アメリカの外交政策や戦略文化の根底にある国民文化を理解することは、今後の安全保障環境を考えるうえで喫緊の課題となる。 - はじめに
■ 序章 くり返される失敗、語られぬ原因
一 本書の研究テーマ
誰もが認める「重大な誤り」/米政府高官らの反省と後悔/二つの戦争に共通する失策/無視されたホー・チ・ミンの〝ラブコール〟/サダム・フセインを支援した米政府/くり返されてきた「ベトナムの失敗」/アメリカが潰した「親欧米ロシア」の芽/アメリカ人の「外国の歴史・文化に対する態度」/なぜ誰もこの問題を議論しないのか/「科学的」であるほど高い地位が与えられる世界/アメリカが再演する「喜劇」=人類の「悲劇」/失敗の再発を許す「原因究明の不在」
二 これまでの研究の「盲点」
〈参考〉本書の読み方
三 理論的前提と研究方法
理論的前提―批判的実在論/存在論なき認識論(=実証主義)への批判/批判的実在論が前提とする「世界像」/研究対象は「構造」「メカニズム」/研究方法〔1〕リトロダクション/研究方法〔2〕解釈学的アプローチ/「二重の解釈学」と「解釈学的循環」/トーマス・クーンの見方を一変させた「体験」/アメリカ人の解釈を「解釈する」作業
四 留意点
■ 第一章 文化と対反乱戦争
一 ベトナム・イラク両戦争の戦争形態
「ベトナムの失敗」と「文化」の重要性/第一・二章の議論の出発点/COINの原則
二 マラヤ動乱
「戦争」と呼ばれなかった戦争/マラヤ動乱の特殊性/〈1〉戦略―「ブリッグズ・プラン」と「人心掌握」戦略/〈2〉リーダーシップと連携/〈3〉柔軟性と革新力/〈4〉インテリジェンス
三 イギリスの戦略文化―伝統と物理的条件の産物
英陸軍のCOIN「三大原則」/イギリス人を「適応」させた物理的条件
四 アメリカの戦略文化
アメリカに顕著な「戦争/戦略の定義」/南北戦争とプロシア式軍事システム/両世界大戦/アメリカ戦略文化の三大特徴/Ⅰ 全滅戦略(strategy of annihilation)/Ⅱ 政治と軍事の分離(separation of politics and military)/Ⅲ 硬直性(inflexibility)
■ 第二章 ベトナム戦争とイラク戦争
一 ベトナム戦争
〈1〉戦略―消耗戦略と「索敵・撃滅」/〈2〉リーダーシップと連携/〈3〉柔軟性と革新力/〈4〉インテリジェンス/非現実的な目標―ベトナム戦争の最大の過ち
二 ベトナム・シンドローム
「ベトナム」「COIN」に背を向けた米陸軍/大統領権限に制約を課した「戦争権限法」/「ワインバーガー・ドクトリン」と湾岸戦争/パウエルによる「戦争のガイドライン化」
三 イラク戦争
イラク戦争の政治的目標/〈1〉戦略―ベトナム戦争の再現/〈2〉リーダーシップと連携/〈3〉柔軟性と革新力/〈4〉インテリジェンス
四 従来の研究の何が問題なのか
戦術では挽回できない戦略の誤り/歴史家からCOIN専門家への批判/〝未踏の地?であり続ける「ベトナムの失敗」/戦争の本質を理解できなかったマクナマラ/戦略・知的文化の「源流」としての国民文化
■ 第三章 アメリカの国民文化
一 入植者のヨーロッパ観と人間観
歴史蔑視の裏にある「普遍主義」
二 アメリカ例外主義
神から使命を与えられた「選民」/政治家や知識人も共有する自己イメージ/外国人=「発育不十分のアメリカ人」
三 個人主義
アメリカ人が考える「理想的な人間」/文化の影響を〝みえなくさせる?信念
四 技術至上主義
「科学」より「技術」が尊ばれる社会/「テクノロジー万能主義」を生んだ精神的風土/「歴史」よりも「マネジメント」を選んだ米陸軍
五 単純思考
世界の「複雑さ」に耐えられない/「反米主義」と同一視される米国批判/なせばなる精神(can-do spirit/ can-do attitude)
六 反知性主義と実用主義
トクヴィルの洞察/アメリカ人にとっての「実用性」と「問題解決」/重要なのは「知性」よりも「知能」
■ 第四章 アメリカ社会科学の「科学化至上主義」
一 自覚が困難な「文化的盲点」
「国民文化」のレンズを通してみえるもの/アメリカで〝純粋培養〟された西洋文明/ニスベットによる「東西文明比較」/東洋で科学が発達しなかった理由
二 国民文化を体現する知的エリート
知識社会学が示唆するもの/非歴史的・非国際的なアメリカのIR/「異文化理解」に背を向ける米教育界/「孤立主義の伝統は『神話』にすぎない」
三 「片眼を閉じて仕事をする」理論家
リアリズムは正反対の政策を正当化しうる/理論の〝簡潔さ〟を競い合う世界/IR学者が抱える「学問上の劣等感」/人類学者が訴えても無視される「文化の影響力」/国民文化では説明できない「科学化至上主義」/米社会科学全体に蔓延する問題
■ 第五章 現代人の「自覚なき科学信仰」
一 科学革命がもたらした新しい世界像
「科学革命」とは何か/一、「技術としての知識」/二、「理想的知識としての数学」と「感覚知覚の否定」/三、「道具的理性」の胎動/文化的産物としての科学(観)/啓蒙主義―ニュートンの諸原理を人間・社会へ応用せよ/啓蒙主義者コンドルセの最期/なぜバークはフランス革命を批判したのか
二 合理主義者の登場
実践知と多様性の否定―オークショットによる批判/「奥行のない単眼的理性」―モーゲンソーによる批判/「誤った合理主義」―ハイエクによる批判/合理主義者は「部族の信仰」を売り込んでいる/ベトナムとイラクで〝実践〟された啓蒙主義/近代化理論―合理主義と例外主義の混合体/「科学信仰/理性信仰」は形容矛盾か/実証主義が支配的地位にあるのはなぜか
三 「主観こそが客観的知識の土台である」
「ありのままの事実」も「純粋な観察」も存在しない/自然科学の前提を覆した「不確定性原理」/「信じたい」理論・モデルが選ばれる/研究者の信仰・価値理念が研究を方向づける/実証主義の生命力の「源泉」
■ 第六章 科学技術が実現した「近代の夢」
「科学」に魅せられる社会研究者たち/現代人が等しく直面する問題/「自然支配」を実現させた功績/理性の至上=技術(テクノロジー)の至上/人種隔離法・優生断種法の〝原動力〟/ナチス、ソ連、アメリカが共有する「神話」/現代社会に浸透する「道具的理性」と「官僚主義」
■ 第七章 信仰、利益、権力
一 「自覚なき科学信仰」
科学とは「自己を投出する諸信念の体系」/自覚への道をふさぐ「二重の盲点」
二 「神話」製造機としての実証主義
実証主義支配の「正統性」を支えるもの/アメリカ人が「定量化」を好む理由/形式的な方法論がもつ「神話」としての力
三 アメリカの覇権的権力
もしアメリカが小国だったら?/学問の発展に欠かせない「資金」/新しい巨人・米フォード財団の〝功績〟/「科学化」に反対した学者を屈服させた「圧力」
四 科学化至上主義と共存する国民文化
実証主義者がトクヴィルを引用する矛盾/「みせかけの厳密性」―アメリカ国民文化の産物/真理より有用性を重視するアメリカIR
五 近代理性と方法主義
近代理性の「表出」としての方法主義/科学化至上主義の要因としての「方法主義」/「方法主義=中立」という神話/「方法」では獲得できない「暗黙の政治的知識」/方法主義の「現状維持的偏向性」/デカルトとシステム理論家の共通点/「世界」と「理論」のどちらを優先するか/何が「公的関心」を喚起するのか/「切実な問い」を抱えた知識人の退場
六 実証主義論争の「真の意味」
理解より「説明」を優先した代償/政治学は「何が存在すべきか」に関わる学問
■ 終章 「歴史・文化」理解の最終目的
一 実践家と理論家が共有する「盲点」
ここまでの議論から明らかになったこと/放置され続ける米国発の世界的リスク/「リトロダクション」で議論を整理する
二 残された未解決の難問
日米比較からみえる「他者理解」の差/「冷戦科学」と「軍産学複合体」/「合理性」が意味するもの/厳密に定義することは不可能/一七世紀に分岐した「理性」と「合理性」
三 他者理解は自己理解に先行する
本書の学術的意義―追記/予想される批判に対する返答/方法論についての一考察/失われつつある「寛容」を育む手段として
おわりに―本書理解の〝補助線〟として
ウクライナ戦争と「ベトナムの失敗」/キューバ危機―アメリカが蒔いた核戦争の「種」/本書に込められた「五つのメッセージ」/「ベトナムの失敗」は人類全体にとっての脅威/「国民文化」の陥穽と可能性/アメリカ人が犯しやすい「失敗のパターン」/現代人が抱える「合理主義」という病/専門家である前に「ひとりの人間」として
注 / 主要参考文献 / 事項索引 / 人名索引
装幀―難波園子
