
小林秀雄の批評思想形成
出版社: 鳥影社
- ニーチェ、西田幾多郎らからの借用に満ちていた小林秀雄の批評文。それは西欧近代知の危機を乗り越える意図のもとにあった。
- 小林秀雄の批評文はニーチェ、西田幾多郎ら「生の哲学」系著作群からの〝借用〟に満ちており、それらが西欧近代知の危機乗り越えの道筋を示す意図のもとにあった事実を解明する。
- 小林秀雄の批評文はニーチェ、西田幾多郎ら「生の哲学」系著作群からの〝借用〟に満ちており、それらが西欧近代知の危機乗り越えの道筋を示す意図のもとにあった事実を解明する。
- 序 文
第一章 教育論の中の大正生命主義
序
一 生命主義思潮の中の教育論
二 和辻『ニイチェ研究』と小林秀雄の同質性
三 生命主義教育論に見られる「根本動機」
四 教育論、生命主義思潮、小林秀雄の共鳴
結
注
第二章 生命主義芸術教育論と小林秀雄の〝自己表白〟
序
一 武者小路実篤の「自我」と「人類」
二 片上伸および小林秀雄における「批評」と「独白」
三 「強烈なる生命表現」の芸術
四 生命主義芸術教育論の「内観」
結
注
第三章 初期小林秀雄と生命主義思潮
序
一 「生の哲学」と「生命主義」
二 初期小林秀雄と大正生命主義思想との交点
三 「生命の理論」を発見する批評
四 「生命」と趣味・性格・人格
結
注
第四章 生命主義美術批評に見る「人格」と「肉体」―白樺派の人格主義的美術批評と小林秀雄
序
一 美術批評における「人格」の由来
二 高村光太郎の生命主義美術批評とその周辺
三 小林秀雄における心身の不可分
四 生命主義と小林秀雄の「肉体」
結
注
第五章 生命主義認識論者としての西田幾多郎
序
一 生命主義認識論者としての西田幾多郎という観点
二 『ニイチェ研究』、「緑色の太陽」、およびその周辺
三 『善の研究』とそれ以後
四 小林秀雄の中の西田幾多郎―両者の〝シンクロニシティ〟
結
注
第六章 「無私」と西田幾多郎およびR・シュタイナーの「純粋経験」
序
一 小林秀雄の「肉体」論とR・シュタイナーのニーチェ論
二 小林秀雄の古典・歴史認識と西田幾多郎の「人格」論
三 R・シュタイナーの「純粋経験」と西田、小林の「無私」
結
注
第七章 「様々なる意匠」の中心素材
序
一 R・シュタイナーの「純粋経験」と「統一体」としての「思考世界」
二 西田幾多郎の「純粋経験」と「唯一なる義務の世界」
三 小林秀雄の「宿命」と「生命」
結
注
第八章 古典批評に示された「現象学的還元」
序
一 R・シュタイナーに対する注釈的受容者としてのE・フッサール
二 「純粋経験」とフッサール「現象学」の認識起点
三 認識論における「内的経験」の意義
四 小林秀雄の「無私」と「現象学的還元」
結
注
第九章 「無常といふ事」と「思ひ出」される歴史の認識論
序
一 判断停止(エポケー)と純粋自我
二 人間になりつゝある動物
三 「思ひ出」される歴史
結
注
第十章 直知される《本居宣長》―小林秀雄の現象学的実験と近代諸学の危機
序
一 「直知」と〝新たな客観主義〟
二 R・シュタイナー、E・フッサール、西田幾多郎の存在論
三 内部から蘇る「思ひ出」
四 歴史認識における「無私」という方法と現象学的還元
結
注
あとがき─本書上梓までの経緯
注
初出一覧