シェリング政治哲学研究序説

シェリング政治哲学研究序説

出版社: 人文書院
著者: 中村 徳仁
  • シェリングを政治哲学として読み解き、全体像の転換を図る画期作。生誕250年、シェリング・ルネサンスはさらなる広がりへ。
  • シェリング研究の最前線を取り込み、「自由」「信と知」「ケノーシス」といったテーマを潜り抜け、このテーゼの論証に捧げられた新鋭による成果。
  • シェリングを政治哲学として読み解き、全体像の転換を図る画期作
    生誕250年、シェリング・ルネサンスはさらなる広がりへ
    ドイツ観念論を代表する哲学者シェリング。超越論的観念論や自然哲学などで名高いその思想は、近年世界的な再評価が高まっている。しかし、国家と宗教のあり方が揺れる革命の時代を生き抜いたシェリングが一貫して論じたのは、実は政治に抗するための政治哲学ではなかったか。つまり「反政治」という形で。シェリング研究の最前線を取り込み、「自由」「信と知」「ケノーシス」といったテーマを潜り抜け、このテーゼの論証に捧げられた新鋭による成果。
    「シェリングは時代の大変換期にあたって、かれなりの仕方で時代に政治的に介入したのだ。本書では、かれの特異な政治性を「反政治Antipolitik」と呼びたい――これは「非政治的unpolitisch」と区別される。その含意については本書の序論で詳しく述べるが、さしあたり重要なのは、法や国家による支配が人間生活に浸透していくことを積極的に制限しようとする営為である、ということだ。そしてそれは、政治に支配されないための(メタ)政治とも言い換えられよう。」(本書より)
    ◎目次
    まえがき 反政治神学としての哲学と宗教――なぜいまシェリングか? 
    序論 正統と革命のはざまに立つシェリング――先行研究の整理
    第1章 新しい神話とその前史――若き日のシェリングを取り巻く言説状況
    第2章 ラディカルに開かれた「同一性」をめぐる思考――完成と個性のあいだの葛藤
    第3章 国家の中の居心地悪さ――必要悪としての法と政治
    第4章 ケノーシス的終末論としての哲学的宗教――『啓示の哲学』の「未来」
    結論
    あとがき
    初出一覧
    参考文献
    人名索引
  • まえがき 反政治神学としての哲学と宗教――なぜいまシェリングか? 
    序論 正統と革命のはざまに立つシェリング――先行研究の整理
     第1節 シェリングにとって「政治」とは? 
     第2節 非政治的思想家、あるいは反動保守的な思想家としての評価(一九五〇年代~六〇年代前半) 
     第3節 唯物論や青年ヘーゲル派との関係で見た評価(一九六〇年代後半~八〇年代後半)
     第4節 シェリングそれ自体へ!――神学院時代と三月革命への注目(一九九〇年代)
     第5節 シェリング政治思想の「固有性」について――反政治と政治神学(二〇〇〇~二〇一〇年代) 
     第6節 三つの主要テーゼと本論の全体構成
    第1章 新しい神話とその前史――若き日のシェリングを取り巻く言説状況
     第1節 シェリングの生涯小史
      1 最初期:誕生からテュービンゲン神学院時代まで(一七七五~一七九〇年頃)
      2 初期:論壇デビューから自然哲学・同一哲学の構築まで(一七九五~一八〇九年頃)
      3 中期:『諸世界時代』の挫折から積極哲学の開始、そしてベルリンへ(一八〇九~四〇年) 
      4 ベルリンにおける「神話の哲学」と『啓示の哲学』の構築(一八四一~五四年)
     第2節 シェリングが生きた時代――「長い一九世紀」と「神の死」
     第3節 前世代からの継承と断絶―啓蒙主義、ロマン主義、敬虔主義
     第4節 ヴュルテンベルク敬虔主義とテュービンゲン神学院
      1 ヴュルテンベルク敬虔主義とフィリップ・M・ハーンとの幼き日の出会い
      2 揺れる神学院、そしてマギスター論文『悪の起源について』
     第5節 『ドイツ観念論最古の体系綱領』草稿と「新しい神話」 
    第2章 ラディカルに開かれた「同一性」をめぐる思考――完成と個性のあいだの葛藤
     第1節 歴史の完成と悲劇――テュービンゲン正統派との対決と『独断主義と批判主義にかんする哲学書簡』
      1 「歴史哲学は不可能である」――「一般的概観」論文について
      2 テュービンゲン正統派との対決――『哲学書簡』の論争史的背景
      3 「個体性の刻印」を帯びた哲学――独断主義と批判主義のはざまで
      4 人間存在にそなわる可能性の条件としての「悲劇」――「第九書簡」と「第一〇書簡」について
     第2節 信と知をめぐるエッシェンマイアーとの対話――『哲学と宗教』について
      1 個体化・人格・心術――『芸術哲学』を補助線に
      2 哲学の彼岸としての信仰――エッシェンマイアーの「非哲学」構想
      3 絶対者を力動化する――『哲学と宗教』を読む(1)
      4 個体化論としての「堕罪」――『哲学と宗教』を読む(2)
      5 回帰する独断主義としての「非哲学」に抗して――『哲学と宗教』を読む(3)
      6 『哲学と宗教』における国家論――秘儀性の行方について
     第3節 同一性の形而上学と人格的倫理学との交差――『自由論』について
      1 個体化論としての『自由論』――意志・悪・人格
      2 自由を実在的に把握すること
      3 人格をもった体系性は可能か――「ただ人格性のうちにのみ生がある」
     第4節 可謬的な体系にむけて――「始まり」の自由について
      1 可謬的な体系は可能か――「学としての哲学の本性について」を読む
      2 完成と個性とのあいだの摩擦からうまれる自由――「万人に妥当する哲学」に抗して
    第3章 国家の中の居心地悪さ――必要悪としての法と政治
     第1節 自壊する自然法と救済する学――『自然法の新演繹』について
      1 『哲学雑誌』という言説空間――自然法への問い
      2 自然法と暴力との弁証法
     第2節 「代補」としての国家――『超越論的観念論の体系』について
      1 道徳的専制に対する批判と力学的な統治機構としての国家像
      2 シェリングによる『永遠平和のために』の再構成
     第3節 『学問研究の方法にかんする講義』における両義的な国家論
     第4節 「呪い」としての国家――『シュトゥットガルト私講義』について
      1 「存在しないもの」という見えざる根底へのまなざし
      2 人間が不完全であることの証として立ちはだかる「国家」
     第5節 国家 は超克されるためだけに存在するという逆説――『神話の哲学への歴史的序論』「第二三講義」と「第二四講義」をめぐって
      1 『神話の哲学』の背景とその体系における「第二三講義」と「第二四講義」の位置
      2 「理性は偶然を排除できるわけではない」――国家の「事実的側面」について
      3 国家を内的に超えることと「社会」の到来――国家の「歴史的側面」について
      4 「哲学的宗教」に向けて――「律法」との人格的な関係は可能か
    第4章 ケノーシス的終末論としての哲学的宗教――『啓示の哲学』の「未来」
     第1節 シェ リングの終末論とその政治批判――サイティヤ・ブラータ・ダスの『シェリングの政治神学』(二〇一六年)を例に
     第2節 来たるべき哲学的宗教の時代(アイオーン)
      1 『啓示の哲学』の背景と目的
      2 「哲学的宗教」とは何か――三つの根本特徴
     第3節 哲学的宗教へといたる「道」としてのケノーシス的終末論
      1 「ケノーシス」とはなにか
      2 「サタン」に抗する「物質化」の「心術」――「第三〇講義」と「第三三講義」について
      3 「ヨハネの時代」を拓く「道」――「第三六講義」と「第三七講義」のヨアキム主義について
    結論
    あとがき
    初出一覧
    参考文献
    人名索引

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