能村登四郎の百句

能村登四郎の百句

出版社: ふらんす堂
著者: 能村研三
  • ◆老いてなお華やぐ
    登四郎が中学生の頃、谷中で医者を営む母方の伯父の山本安三郎(六丁子・曽良の「奥の細道随行日記」の真筆の発見者)に俳句のてほどきを受け、さらには中学の国語の担任の三上永人や隈部次雄の影響で、文学への関心を深めていった。
    その後、昭和六年、国語教師の夢を抱き、國學院大學高等師範部に入学。先輩の牛尾三千夫の勧めで、折口信夫の短歌同人誌「装塡」に参加、そこで林翔と出会うことになる。大学在学中に急性肺炎を患い、療養のためしばらく伊東で過ごし、近くにあった山本安三郎の山荘に赴いては俳諧の話を聞いたり、文化人との交流を持つ機会を得た。
    昭和十三年、千葉県市川に新設間もない市川中学校(旧制・現市川学園)に奉職、学校の近くに下宿をした。昭和十四年、独身生活の侘しさを癒すため書店で表紙の美しい「馬醉木」をみつけ、ただちに入会、水原秋櫻子の指導を受けることになった。机辺にある秋櫻子の句集『葛飾』を読み、句に詠まれた風景を自分の眼で確かめるため、暇を見ては美しい葛飾の自然の中を逍遥しているうちに自分も俳句を作ってみようという気持になり「馬醉木」に投句を始めた。
    (解説より)

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